服部匡志(はっとりただし)の出身高校と大学は?家族や年収についても!

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服部匡志(はっとりただし)先生
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はいさいー!

 

つい先日、テレビの特集(確かジョブチューンだったかな)でやっていたニトリのNクールを購入したどうもミショーです。

 

Nクールとは、「ニトリの社員が使って本当に良かったものランキングの第1位」に輝いた商品で、体感が冷たくなる敷きパッドやまくらカバーなどの寝具シリーズでございます。

 

まー今思えば、この季節に売り出したいのもあってランキング1位だったのもあるかもしれませんがwただ、「これで冷房もいらないぐらい!」という言葉に惹かれて、早速買ったわけですよ。

 

お店で触った時は確かにひんやりしていたので、確かにこれは凄い!と思いましたね。でも、家に帰って早速敷いて横になってみると、なんか微妙wお店ではクーラーが効いていたのもあったかもw

 

まだ朝まで寝てはいないので、1日寝てみてまた感想書きますね。

 

さて、前置きがいつも以上に長くなりましたが、今回はカンブリア宮殿にも出演の眼科医、服部匡志さんに迫ります!

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服部匡志(はっとりただし)のプロフィール

眼科医の服部匡志先生

生年月日:1964年生まれ
出身地:大阪府生まれ
血液型:O型
フェイスブック:https://www.facebook.com/tadashi.hattori.37

 

服部先生、優しそうなお顔ですよねー。まー実際に優しいんですがwというか、本当に素晴らしい人間性をお持ちの方です。

 

服部先生が医師を志したのは、父親を胃がんで亡くした時の担当医師の心無い言葉に傷ついたからでした。人間不信になるほどでしたが、家を飛び出して向かった先の北海道で人の優しさに触れます。

 

そこで、自分も人の役に立つような人間になりたい、世の中に貢献できるようになりたいと思い、医者を志すようになりました。

服部匡志の出身高校と大学は?学歴について

服部先生は、大阪府立四条畷高校出身です。ちなみに読み方は「しじょうなわて」と読みます。高校の名前難しすぎですねw

 

医学部に合格するために受験勉強し、4浪して22歳の時に京都大学医学部に入学します。4浪もしていたので、予備校では長的な存在になっていたとかw自分も予備校に通っていたのでそういうのわかります(笑)大学時代は、長い受験勉強期間の反動からめちゃめちゃ遊びにも熱中したと言っていました。

 

そして当初は父を胃がんで亡くしていた事から消化器科を目指していたそうですが、たまたま出会った眼科医の先生がとても素晴らしい人で、その人から学びたいと思うようになり眼科医を目指します。

 

そして眼科医になりましたが、初めのうちはなかなか執刀させてもらえずに苦労します。それでも腐らずに、手術はできなくとも一生懸命診療し、「服部先生に診てもらいたいと思ってくれる人をどれだけ多く作れるか」を目標にして頑張っていました。患者さん家族と思って接していくうちに執刀回数も増え、網膜の手術は世界でもトップクラスの技術を身につけます。

 

医師として順調にキャリアを積んでいたある日、ベトナム人医師と出会い、「ベトナムでは、医師の技術力がないのと患者のお金がない事でたくさんの人が失明している。あなたの技術で助けて欲しい」と言われます。

 

そこからベトナムと日本を往復するためにフリーの医師となります。後述しますが、安定して高い給料を得ていたにも関わらず、報酬も発生しないベトナムでの治療をする事を選択したのです。

 

これは普通だと考えられないですが、服部先生は人の役に立つような人間になれという父親の教えが刻み込まれていたんでしょうね。

 

それから現地のスタッフとの言葉の壁や文化、考え方の違いから衝突することばかりでしたが、誰もが逃げ出すような難しい手術を成功させると、スタッフの見る目が変わり、信頼を得られるようになりました。

 

そんな服部先生がこれまで日本とベトナムで救ってきた患者さんの数は、3万5千人を超えます。もう本当に凄いとしか言いようがないです。

服部先生の家族について

服部先生は結婚されていて奥さんがいます。息子さんや娘さんがいるという情報はないので、もしかしたらお子さんはいないのかもしれません。

 

それにしても、報酬なしにベトナムで活動していく事については、奥さんの理解なしには続ける事はできなかったでしょう。

 

服部先生ももちろん素晴らしいですが、それを支えてきた奥さんも本当に素晴らしいと思います!

服部先生の年収は?

医師時代には月収200万円もの収入がありました。ただ、この収入を捨ててでも、困っているベトナムの人を助けるためにフリー医師となったと話しましたが、ベトナムでは一切報酬をもらっていないため、半月日本でのアルバイト診療で稼ぎを得て、もう半月にベトナムにわたって治療を続けるという生活となっています。

 

そのため、今の年収は400万円から500万円だとか。

 

もし自分が同じ立場だったら、同じような選択ができるだろうか…お金ではなく、人を救う事を選び愛に溢れる服部先生を尊敬します。

 

今後も多くの患者さんに光を与え続ける先生であってほしいですね!

 

それではこの辺で。

にふぇーでーびたん!(ありがとうございました)

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    • 嘉範
    • 2016年 5月20日

    こんにちは、昨日服部匡志先生の番組を見ました。すごいですね! 「人の役に立ちなさい」と父にいわれて、ベトナムの白内障の方を、日本と富裕層の患者を治療して稼いだお金で、ベトナムの貧しい多くの方を無料で治療されておられて、その方々の目が見えて、喜んだ時の笑顔を原動力にして、また新たに手術を続けておられます。
    このコメントが直接服部匡志先生の耳へ、何かしらの手段で届いたらありがたいのですが、実は、私の父が「緑内障」で片目見えなくなっています。この番組を見て、「緑内障も手掛けてたらなあ」・・とつぶやきました。そして全国のこの番組を見ておられた緑内障の方々も、きっとそのようなつぶやきがあったことと伺えます。
    服部匡志先生は世界トップレベルの腕を持つと聞きました。ベトナムでも緑内障の目の患者さんはおられることと思います。どうか、緑内障の治療へもチャレンジしていただけたら、待っている患者さんはたくさんおられることと思います。「そんな事をしている時間はない」と思われるかと思いますが、小さな形でもいいから服部匡志先生が動きだして下さることを祈っています。このコメントが服部匡志先生に直接届きますように。

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